鴻海によるシャープ買収について
今回は、現在進行中である鴻海精密工業(以下“鴻海”)によるシャープ(以下“シャープ”)買収について、株式の希薄化と情報開示の2つの論点から少し触れることにします。
まず、大量の新株発行は、“株式の希薄化”を引き起こします。株式の希薄化とは、株式発行数が増えることにより1株当たりの価値が下がることです。
1株当たり価値の変化を配当金の切り口(配当金÷発行済株式総数)で見てみます。
前期の配当金が100億円、発行済株式総数が1億株の企業では、株主が受け取る一株当たり配当額は100円となります。
今期、この企業が3億株を第三者割当増資し、発行済株式総数が4億株になり、今期の配当金が前期と同じ100億円とすると、1株の配当は25円になり75円も減ることになります。同じ100億円の配当金を4億株で分け合うから1株あたりの配当金が減ります。
株主が前期と同じ一株当たり配当金100円を受け取るには、この会社は配当金を400億円にする必要があります。
議決権割合も配当金と似たロジックで希薄化しますが、議決権は経営権に直結する問題ですので、本件がシャープの経営権に関する影響について説明します。
では、具体的に、鴻海によるシャープ株式取得内容を表1にまとめます。(シャープが2月25日に公表した資料に基づく)
次に、鴻海が既存株主から取得する各種類株式を表1の権利行使時期到来時に権利行使し、種類株式を普通株式と交換すると、希薄化がどう進むかを表2で見ます。(シャープが2月25日に公表した資料に基づく)
表2から判るように、鴻海が、第三者割当増資で普通株式を引き受けると同時に、既存株主から取得するB種種類株式を普通株式に交換すると、鴻海の議決権割合は全体の3分の2を超え、鴻海は、全部取得条項付種類株式の取得、株式併合、定款変更、事業譲渡の承認、株式交換契約の承認等の特別決議を単独で可決承認できる様に、本件は設計されています。
全部取得条項付種類株式の取得に関する定款変更が何を意味するかと言いますと、簡単に言うなら、鴻海の意志で、シャープから鴻海以外の株主を現金を対価として締め出すことにより、シャープを鴻海の100%子会社にすることが可能になることです。100%子会社になったシャープは上場廃止になります。(キャッシュ・アウトと言います。)鴻海以外の株主は、対価で受領する金額について争うことができますが、原則として100%子会社化という行為を止めることはできません。(細かい説明は避けました。)
更に、C種、A種種類株式を普通株式に交換すると、鴻海は74.55%の議決権割合になると推計されます。
本件の論点のひとつが、我が国から海外への技術流出でした。仮にシャープが鴻海の100%子会社になった場合、同社が2月25日に開示した資料に書かれている“経営の独立性”(当社及びその子会社の経営の独立性を維持・尊重すること)や“シャープの技術の保持”(当社の日本における研究開発、製造機能を維持し、当社のコア技術の流失を防止するために相互に協力していくこと)がどうなるでしょうか?
鴻海の100%子会社になれば、シャープの独立性はあり得ませんし、シャープから鴻海に技術が流出移転しても、実態は内部にいる人間しか判らないでしょう。つまり、技術流失について担保されなくなるという重大な懸念が生じます。
最後に、情報開示です。取締役会決議の直前に、シャープから鴻海へ3500億円もの偶発債務リストが送られ、鴻海が契約を先送りして資産の再精査に入っていると報道されました。通常、偶発債務に関連する事項は、デュー・ディリジェンスで最初に必ず確認され、取引金額は偶発債務評価額も加味して決定されます。本件取引金額が偶発債務に関する情報抜きで決定されたならば、取引金額見直しの理由になります。一部の偶発債務情報を後から開示するという余りにも不自然な事件が起きますと、以下の様な想像もできます。
鴻海には条件面で産業革新機構(以下、“機構”)を上回る必要がありました。鴻海に偶発債務の一部情報を開示せず、機構には全ての偶発債務の情報開示を行えば、取引金額計算の前提条件に違いが生じます。取締役会で鴻海に交渉相手を決定する直前に、情報開示の公平性が問題にならぬ様、鴻海に未開示の偶発債務資料を開示したかもしれません。当然、鴻海は追加開示された偶発債務を反映した金額提示を要求でき、当初の条件より有利な条件で買収できます。仮に、この推測が事実ならば、選考の透明性、公平性に疑問を抱きます。
この様な混乱が起きる一因が、“日本版エクソン-フロリオ条項の欠落”です。本格的な海外企業による日本企業買収時代を迎え、我が国の国益や安全保障を考える上で“日本版エクソン-フロリオ条項”を議論すべき時期に来ています。
このM&Aは、シャープの株主総会で議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権数の3分の2以上をもって可決(特別決議)しないと法的に成立しません。シャープの株主は、これら希薄化や偶発債務を巡る動きも勘案し、本議案の賛否を決める事が大切です。